何を持っていけばいいか、忘れ物はないか、書類手続きや荷造りに手一杯足一杯だった日本出発前。「現地に着いてしまえばなんとかなる」と思って引っ越したはいいけれど、本番は現地に到着した後。この地にどう根を張ればいいのか、新しい環境に身を置いた途端、途方に暮れてしまう人は意外に多いのではないでしょうか。
今までの住環境と大きく違う場所への引越しには、程度の差はあれ、とても大きなストレスが掛かります。
今回の記事では、そんな移住直後のストレスをどうしたら軽減できるのか、文化間コンサルタントのケイト・べラード氏の『文化変化:5つのR』を参考に書かれた記事を元に、引越しストレスが発生する原因・メカニズムとその対処方法についてをご紹介したいと思います。
*この記事は、マリアンナ・ポゴシアン博士の連載"Between Cultures"からの記事 "Understanding Transition Stress: 5 key areas affected by culture change"(2016).をほぼそのまま訳した内容になっています。
『5つのR』とは?
べラード氏によると、人は国や文化を跨いでの引越しに伴い、以下の5つの項目が大きく影響されると説明しています:
Routine(ルーティーン・習慣)
Reaction(リアクション・反応)
Roles(ロール・役割)
Relationships(リレーションシップ・人間関係)
Reflections about ourselves(リフレクション・自分と向き合うこと)
これら5つの項目がどのように引越し先である新しい環境での生活に影響を与えているのか、その要因を理解し、環境適応に対する抵抗力を減らしていく工夫をすることにより、移住ストレスを大幅に軽減することが可能になります。
『5つのR』のそれぞれの特徴と対処法
それでは、5つのRについて、それぞれのRが担う役割と文化適応を促すための対処法を各項目に分けて見ていきましょう。
1つ目のR: Routine(ルーティーン・習慣)
ルーティーンや習慣とは、予測出来る仕組みに従ったガイドのような機能を果たす行動のこと。これにより人は環境に適応し、何かに所属している実感を得ることができます。
ルーティーンや習慣は、小さな子供の認知能力を高める機能を果たしたり、高齢者の精神的な安定感へとつながる効果があったりすることが知られており、人間にとってとても重要な生活機能です。
文化や国を跨いだ引越しにおいて、ルーティーンや習慣はまず一番最初に狂ってしまう要素であり、それは、自分にどこにも居場所が無いような、落ち着かないソワソワした感覚を人に与えます。そのため、このルーティーンや習慣を安定させることにより、大きなストレスを軽減するための土台を作ることが可能です。
ルーティーンや習慣が狂ってしまった時の対処法:
昔からの習慣を維持する、もしくは新しい習慣を作る
日々の生活の中に、自分がリラックスできるような趣味(散歩や読書など)を組み込む
新しい習慣を作るには時間が掛かることを言い聞かせる
住む文化や国に左右されないような習慣を日頃から作っておく(引越しが多い方に向けて)
2つ目のR: Reaction(リアクション・反応)
他人から受けたリアクションや反応は、自身の感情や行動に大きなインパクトを与えます。そしてそれは、我々が自分のことをどう見るのか(自分像・セルフコンセプト)にも繋がります。
新たな文化環境で現地の人と関わる上で、自身が想像していなかったような予測出来ない反応が返ってくることも多々あります。特に文化や言葉のハードルから、新たな環境にいる自分が自分の望まない姿で見られてる気がして自信がへし折られる時も、先の見えない不安から途方に暮れてしまう場合も。
そのようなことが繰り返されるうちに、ネガティブな反応を受けないよう周囲との接触を避けてしまう人もいれば、新しい文化や現地の人に対して極端な批判癖に走ってしまう人も。
リアクション・反応に対する対処法:
どうしてそのようなリアクションや反応を受けるのか、新しい文化の理解を深める
周囲のリアクションや文化の違いについてを説明してくれるような現地の友達を作る
効果的なコミュニケーションを取れるよう新しい環境下の言語や文化習慣を学ぶ
新しい文化を学ぶための時間を作る
自身の強みや良さを思い浮かべ言い聞かせる
3つ目のR: Roles (ロール・役割)
ロール・役割は自身の一部であり、社会との繋がりや喜びを与えてくれると同時に、自分の人生に意味や目的をくれる存在でもあります。人間は多くの役割を持っている方が精神的幸福度が高いそうです。
異文化への引越しは、自分たちの役割や責任に大きな変化をもたらします。例えば、好んでいる役割が新しい環境下でも同じように与えられた場合とそうで無い場合では、自身の幸福度に大きな差が出てくるでしょう。もし、望んでいない役割や責任しか与えられない場合は、大きな悲しみや喪失感を味わう場合もあります。これはパートナーの都合(転勤など)に伴い、仕事を辞めてついてきた配偶者に多くみられることかもしれません。
ロール・役割の変化への対処法:
新しい役割をはっきり決め責任を得る、または新たな環境で役割探しを開始する
失った引越し以前の役割を諦め、新しい役割とどう生きていくか自身の期待値と出来ることを把握しておく
新しい環境下でも同じ役割が得られるよう戦略を立てる(引越し前)
4つ目のR: Relationship(リレーションシップ・人間関係)
ストレスの多い新しい異文化環境下では人間関係が大きなサポートの役目を果たし、文化適応を手助けしてくれます。
もし家族や一緒に移住をした誰かがいるのであれば、同じ経験を共有する者同士、絆を強めることが出来るでしょう。新しい環境下で作った新たな人間関係は、充実感や満足感などポジティブな感情を与えてくれます。しかし、すでに存在する人間関係に移住が原因で変化が起きてしまう場合、それは罪悪感や喪失感にもつながります。
新しい環境下での人間関係に対する対処法:
自分にとって一番大切な人間関係を知り、それを維持するための方法を探る
相手との関係を維持するために必要なことや希望、心配ごとを常にオープンに対話出来るようにしておく
新しい人間関係を作れるよう積極的に動き新しいサポートネットワークを作る
5つ目のR: Reflection about yourself(リフレクション・自分と向き合うこと)
自身に起きた様々な経験をどう処理するか、それにより新しい環境下で経験する物事に関する考え方も変わってきます。
文化間の引越しは、自身に自分のことを深く考える機会を与えてくれます。それは自身のアイデンティティや価値観に対しての質疑であったり、今まで経験しなかったような感情をどう処理したらいいのかであったりと、自分と見つめ合う貴重な体験となります。そして、それを軸に新しい文化への理解や解釈を自身の価値観に加えていくことで新しい文化価値観を受け止められるようになっていきます。
自分と向き合うには:
文化間の引越しにおいて「変化」は避けられないことだと言い聞かせる
変化に自分がどう反応しているのか、自身を出来るだけ客観的に観察してみる
同じような体験をしたことある人や文化心理の専門家にサポートを仰ぐ
さいごに
文化間の引越しに対するストレスには、以下の3つのステップが不可欠です:
まず自身に何が起きているのか原因を特定する
その理由を理解する
そして、たとえ小さなことからでも自分に出来る範囲のことから新しい文化を取り込んでいく
新しい文化環境と自身が保持する文化価値観の両者のバランスを探すためには、コントロールが出来ない変化があることを受け入れ、その中でも自分が出来ることや楽しいと思える活動を生活の中に取り組んでいく心掛けが大切です。
ちょっとづつでも、いつか慣れる時が来ます。焦らず自分のペースで、新しい環境や文化に慣れていくことを心掛けてみてください。
この記事が、引越し後のストレスで悩んでいる方のお役に立てたら幸いです。
クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。
関連記事:
今まで自分が信じてきた自分像が崩れる感覚についてを特集した記事
参照文献:
この記事はマリアンナ・ポゴシアン博士のこちらの記事を参考にしました→文化間引越しにおけるストレスの対処法について"Understanding Transition Stress: 5 key areas affected by culture change"(2016).
Comments