新たな環境に移住した移民が辿る葛藤、異文化(自文化)変容ストレス。
異文化変容ストレスと一言にいっても、その言葉には様々な気持ちが内在しています。
慣れない環境での生活を経験してみて感じる、サバイバルモードの毎日へのストレスはもちろんのこと、そこに感じる戸惑いの気持ちや精神的疲労感。上手く出来ないことがあれば、恥ずかしさや不甲斐なさ、自分への情けなさを感じることもあるでしょう。そして物事が上手くいかないことが募れば募るほど、その怒りの矛先を自分にのみならず、助けてくれようとする他人にも向けてしまうことも。そしてそこに生まれる罪悪感の気持ち。
大なり小なり、こんな状況を何度も繰り返しながら、人は、新たな場所に適応をしていきます。
新しい環境に慣れようとしているのだから、精神的葛藤があるのはある意味当然。しかしながら、ふとした時にどっと押し寄せる無力感がある時は、もしかしたら、強い喪失感の気持ちを経験している可能性を疑ってもいいのかもしれません。
そこでこの記事では、この、ふとした時の無気力の原因、移住者が辿る心の喪失体験:文化的喪失感·カルチュラルグリービングについてを解説、そしてその緩和法を提案してみようと思います。
グリービングの5つのステージ
人が何か大切なものを失くした·亡くした時、そこには様々な感情が生まれます。
アメリカのキューブラー·ロスにより提唱された悲しみの5段階モデルでは、人は喪失をこのような感情を行ったり来たり巡りながら対処すると説明しています。
否認:現実を受け止められない
怒り:なぜ?と言う気持ちから、周囲に当たりたくなる
取引:もしかしたら…と何かに縋りたくなる
抑うつ:絶望感で何も手につかなくなる
受容:現実を受け止め、心の平穏がくる
この悲しみの5段階モデルは、元々は、ホスピスケアに携わるキューブラー·ロス氏により観察された、死を意識した時に人が辿る心の過程を観察したものであるものの、この喪失への向き合い方(グリービング)のプロセスは、大切な何か(誰か)を失(亡)くした時や、別離を迎えた時、思い描いていた将来の夢が絶たれた時にも経験するとされています。
文化的喪失感·カルチュラルグリービングとは?
自国や慣れ親しんだ環境を離れた移民が、今までの環境で経験してきたこと·思い出などを懐かしんだり、それを失ってしまったことに悲しさを感じる経験を文化的喪失感·カルチュラルグリービングと呼びます。そして、これは先ほどの5段階のグリービングにも当てはめて考えることもできます。
否認:新しい環境に身を置く自分が理解できない…。(現実を受け止められない)
怒り:なぜ自分はここにいなくてはならないのか…。(なぜ?と言う気持ちから、周囲に当たりたくなる)
取引:もし〇〇(言語・資金・環境など)さえあれば、ちょっと違うのかも…。(もしかしたら…と何かに縋りたくなる)
抑うつ:何をやってもダメだ…。疲れた…。(絶望感で何も手につかなくなる)
受容:まあ、ここでの生活もアリなのかな…。(現実を受け止め、心の平穏がくる)
このような喪失経験は、異文化環境を長年生きてきた人が自国に戻った際に直面する逆カルチャーショック体験における葛藤の一つとしても指摘されており、要は、自分が培ってきた大切な文化的なアイデンティティの一部を失った感覚を指すと説明することができるでしょう。
文化的喪失感は、例えば、自分の好きだった食べ物がもうなかなか食べれない、とか、友人や家族と会えないといった物理的に手に入りにくくなってしまったものに感じる喪失感の時もあれば、自身が培ってきた現地での自分像(例えば、そのコミュニティに所属する自分、や、立場、自分が日課にしていた生活様式など)への喪失感の場合もあるでしょう。
懐かしむ気持ちを感じた瞬間に、「あ、あれってもう無いんだ…」といったチクっと心に刺さる何かがある。そしてそこからじわじわと寂しさが湧いてくる。そんな感覚が、文化的喪失感と言えるかもしれません。
文化的喪失感の苦しさはどこから?
先に述べた、キューブラー·ロスのグリービング過程では、徐々に喪失感を受け止めていけるようになる『受容』段階が気持ちの上でのゴールになります。しかし、喪失感をめぐって様々呼び起こされる気持ちと向き合い、喪失を受け入れていくには、自分の思うこと·感じることを内に溜め込まず、外に開放して(mourning)いく必要があります。自身がどのような気持ちを抱えているのか内省していくことはもちろん、誰かと気持ちを共有し合いながら孤独感を解消していくことも大きな手助けになっていきます。
しかしながら、文化的喪失感の辛いところの大きな要因。それは、新しい環境にいる周囲の人には、自分の気持ちを分かってくれる人がなかなかいないということ。
そもそも、異文化変容は、個人差があります。それは、人により好みや体質、移住への条件、移住前·移住先の環境等、移住に伴う様々な要素が人により大きく違うことを考えれば当然のことであるものの、意外にも、その個人差が見過ごされる場合が多いのです。
つまり、家族で移住したとしても、その一人一人の異文化変容や移住先への適応に対する耐性は、大きく異なる可能性があることを意味しますし、移住経験は一般化して片付けられる話ではないのです。
そのような前提がある。その上で、新しい環境の周りの人たちは、そもそも喪失感を全く経験していないのですから、理解してくれる可能性がとても低い。なので、このような喪失感を経験している個人にとって、この体験はとても孤独なものとなってしまうのです。
文化的喪失感の緩和法
移民にとって、文化的な喪失感は、避けられない葛藤の一つです。しかしながら、症状を緩和する方法はあります。以下の5つを意識してみてください。
⒈ 異文化変容ストレスに対する知識を得ておくこと:
なぜ、今の自分がこのような気持ちを抱えているのか、知識として知っておくだけでも、状況が普遍化される効果があります。「日焼けした後は体がだるい」的な感じで、ある意味、現象としてどうしても起きてしまうことが今の自分に起こっているのだ、と受け止めるとそれだけで気持ちが少し楽になるきっかけになります。
⒉ 自分の気持ちを理解してくれる人を見つける:
自分と同じような境遇の人と知り合いになることは、喪失感とそこに対する孤独感への対処法になります。ただ、前述したように、移住体験は大きな個人差が伴います。そのため、同郷出身者だから気持ちを理解してくれるだろう、といった推測は初めから捨てて、どちらかと言ったら、気持ちを理解してくれる人をバックグラウンドや人種·民族性関係なく探してみる感じ、話した時の居心地やすさから見つけていくことが好ましいでしょう。そう言った意味では、インターネット上の様々な人の体験談などを読んでみるのも十分効果があるかもしれません。
⒊ 新しい環境で楽しめることを探していく:
喪失したものを懐かしむことも大切ですが、そこにだけ目を向けてしまうと、どんどん苦しくなっていきます。そのため、少しずつ、新しい環境に自分の居場所を見つけていくための探索も始めていきましょう。初めは、喪失したものと現在あるものを比較して、落胆してしまうこともあるかもしれません。しかし、今いる場所だから出来ることも絶対あるはずで、それを楽しんでいくことも、喪失感の緩和に役に立ちます。
⒋離れた文化を懐かしむ時間を作る:
テレビドラマでも映画でも音楽でも食事でも、なんでも良いので、少しでも自分が失ってしまったものと繋がれる機会を持つことは、気持ちの整理にもなり、とても大切な役割を果たしてくれるでしょう。今はインターネットがあるので、遠く離れていてもコミュニケーションが取れたり、手に入るメディアや商品はたくさんあるので、辛い時は迷わず活用していきましょう。
⒌自分に優しく:
異文化変容のストレスは、誰かとの比較ではなく個人の主観に基づくものです。そのため、辛いな…と感じる時は、無理せずに、自分の気持ちやニーズを聞いてあげるような感じで、自分に優しさ·思いやりを持ってこの時を乗り切るようにしていくことがとても大切です。特に移住直後1年ぐらいは、辛いことも多いだろう、と少し自身に寛容に過ごすことを意識してみても良いのかもしれません。
おわりに
この記事では、異文化変容ストレスの一つである、文化的喪失感をテーマにしてその具体的対処法をまとめてみました。
わたしのブログを読んでくださる方には、すでに気づいている方も多いかと思いますが、わたしは、メンタルヘルスには大きな個人差があることを一貫して何度も指摘しています。
異文化変容ストレスの辛いところは、人や状況によっては、異文化の適応がとてもスムーズにできる人、困難が伴う人、反対に、逆カルチャーショックが強い人、少ない人、と変化への耐性や適応力に様々なバリエーションがあり、全体化して扱うことが難しいということです。
そうなってくると、他人からの客観的意見や推測よりも、自身の気持ちをいかに読み取ってあげられるか、ということが重要になってきます。そのため、変化期に伴い何かしらのしんどさを抱えている時は、自分の心に何が起きているのかを振り返る機会を積極的に設けてみてください。
この記事が、何かしらの苦しさを抱えている方の参考になる部分があれば嬉しいです。
BUNKAIWA
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岩城けい著
オーストラリアに駐在することになった真人(マサト)一家。真人少年を中心に描かれる、家族それぞれの移住の物語が、すっごくリアル。というのも、筆者はオーストラリア移民当事者の方のようですので、とにかく感情移入しながら読めること間違いなしのこの本に、同じ気持ちを重ねる移民当事者も多いのではと思います。青春ストーリーとしても楽しめます。この物語から5年後の続編Mattもあるので、ぜひ一緒に読んでみてください。
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